Profile

吉川 亘(HANE 代表)

相談する相手は、どんな人物なのか。信頼できるだろうか。
秘密は守ってくれるだろうか。

その点は、とても大切なことだと思います。少し長くなりますが、
私自身についてお話しさせてください。

幼い頃から抱えていた「死への恐怖」

私が覚えている幼い頃の記憶は、死の恐怖でした。
死んだら私はどうなるのか。この意識はどうなってしまうのか。
すべて無くなるのか、それとも身体のない意識だけが彷徨い続けるのか。
生まれ変わり、また同じ恐怖を感じなければならないのか。

考え始めると止まらず、一人で涙を流すこともありました。

親に認められるために生きた幼少期

高度成長期、独立開業した両親は休日も休まず働いていました。
恐怖と孤独を抱えた私は、「どうすれば振り向いてもらえるのか」を
常に考えていました。

教育熱心だった母の期待に応えるため、優秀な子でいようとしました。
小学校では6年間毎年学級委員を務めます。
学級委員のバッジは、親に認められるため手段だったのです。

挫折と反抗、目的を見失った時期

しかし、期待されていた進路に進めず挫折。
一度失望させてしまうと「良い子」を演じ続けることができなくなりました。
反抗期も重なり、今度は困らせることで自分の存在を示そうとしていました。

一人の先生との出会い

家業に必要な資格が取れるからという理由だけで進んだ専門学校。
そこで出会った一人の先生の何気ない一言が刺さりました。
私は初めて「一人の人間として認められた」と感じました。

それまで苦痛だった勉強に、自ら向き合いたいと思えるようになったのです。

教員としての情熱と挫折

その専門学校で教員の募集があると知った時、挑戦したいと思いました。
先生の後押しもあり採用された私は、理想を追い求め、
「学生のためになることだけをする」と全力で突っ走りました。
しかし独りよがりな理想は、やがて組織との摩擦を生んでしまいました。

家業・子育て・再びの迷い

制約の多い教員を辞め、家業の営業マンとして自分の力を試そうとしました。
結婚後は、子供たちのスポーツ活動に深く関わるようになります。

小学校で全国大会を経験すると、私の望みはエスカレートしていきました。
練習に口を出し、試合後には反省会をさせる。
勝利を目指すあまり、知らず知らずのうちに子供たちを追い込んでいました。
次第に私の言葉が子供たちに届いていかないと感じるようになります。

「なぜ私の言葉は届かないのか」……
その原因が自分自身にあることに、ようやく気付かされる日が来てしまいます。
子供たちの身体は重圧に耐えられなくなったのです。

仏教との出会い、そしてヒーリングへ

変わらなければならない。そう思った私は仏教に学びを求めます。
やがて、僧侶に直接相談したいと思うようになりました。

どれだけの寺院を訪ねたでしょう。やがて出会った僧侶によって
人生は思った以上の変化をして行きました。
瞑想や気功、オーラリーディングなど、学びは大きく広がっていきました。

すべてが今につながっている

死の恐怖、良い子を演じた日々、挫折、出会い。
振り返ると、すべてが今の私に必要な経験でした。
それらが一つにつながり、今、私はメンタルヒーリングを通して
人に寄り添う道に立っています。

私が大切にしているヒーリングの考え方

ヒーリングは、私が何かを教えるものではありません。人を変えるのは、自分の中に起こる「気づき」だからです。
誰の中にも答えがあります。あなたが本来の自分に気づくためのお手伝いができたら幸いです。

※ 霊感・宗教とは一切関わりございませんので、ご安心ください。

もし今、誰にも話せずに抱えている思いがありましたら、
無理に答えを出そうとしなくても大丈夫です。安心できる場所で、
あなたのペースで、今の気持ちを話してみませんか。
評価や否定をすることなく、静かにご一緒させていただきます。