言葉にできない痛み
スピリチュアルペイン。
始めてこの言葉を聞いたのは、
緩和ケア(終末期医療)を知ったときでした。
緩和ケアは、重篤な病気などによって余命宣告を受けた人と
その家族に対して、身体的、心理的、社会的、
スピリチュアルな問題を早期に発見し、
的確な治療処置を行うことによって苦しみを和らげ、
「QOL」生活の質の改善を行うものです。
身体的、心理的な問題。その痛みは想像ができます。
社会的とは、人との関わりがなく、人の役に立てない苦しみ。
では、スピリチュアルな問題とは?
死は、誰にでも訪れるものだと分かってはいます。
いつかは誰にも訪れる。ただ自分のこととしては遠く先のこと
死が訪れるとわかっていても、いざ目の前に死を宣告されたとき、
人は動揺などではなく、パニックに陥るでしょう。
これまでの人生を振り返り、この人生は何だったのだろう、
私は何をしてきたのだろうと思うのではないでしょうか。
これから先のことに目を向けることができたとしても、
これから数ヶ月の間に何ができるだろう、
私は死後どうなるのかなどと、考えるでしょう。
私という存在とは何か、という叫び
それはまさに人間存在の根源からの叫びです。
私という人間の存在は、何だったのか。
死によって、私はどうなってしまうのか。
こうしたものが、スピリチュアルペインと呼ばれています。
肉体的、身体的な痛みは医療によって和らげられます。
精神的な不安や、病気に対する心の落ち込み、情緒不安定は、
カウンセリングなどで、和らげる試みもされています。
では、スピリチュアルペインという問題はどうでしょう。
死を目の前にした人に対して、死を話題にできるでしょうか。
生と死の問題について正面から向き合うことは、ためらいます。
終末期だけの問題ではなかった
患者さんが抱えるスピリチュアルペイン。
それは、終末医療だけの問題でしょうか。
実は、誰にでも関係のある痛みではないでしょうか。
スピリチュアルペインは、人間の根源的痛み。
何のために生まれ、何のために生きるのか、
人は死後どうなるのかといった苦しみです。
生まれた者にはいつか必ず死が訪れます。
私たちは内心では、自分の存在や、生きる意味、死について
答を求めているのではないでしょうか。