自分がわからない理由|自分像に縛られる苦しさ

自分がわからなくなる理由

自分のことは、自分が一番よく知っている。
そう思っているはずなのに、

ふとしたときに、
「自分がわからない」と感じることがあります。

人からの一言で、
知らなかった自分に気づかされることもある。

生まれてからずっとこの自分を生きてきたはずなのに、
なぜ私たちは、自分を見失ってしまうのでしょうか。

私たちはよく、こう言います。

「私は〇〇な人間だから」
「私はこういうタイプだから」

しかしその言葉は、
本当に“事実”なのでしょうか。

もしかするとそれは、
「自分をある型にはめた“思い込み」なのかもしれません。


親や周囲から作られる自分像

たとえば親は、子どもに対してこう言うことがあります。

「この子は人見知りな子」
「この子は落ち着きがない」
「この子は優しい子」

親に悪意はありません。
むしろ、その子を理解しようとした結果の言葉でしょう。

しかし、その言葉を受け取る子どもは、
「自分はそういう人間なのだ」と思い込んでいくことがあります。

さらにそこに、期待が重なります。

「優しい子でいてほしい」
「活発な子になってほしい」

その期待は、
いつしか「そうでなければならない」という
無意識のルールへと変わっていきます。


自分で作り上げた理想の自分

人は周囲からの影響だけでなく、
自分自身でも自分像を作っていきます。

「こうあるべき」
「こういう人間になりたい」

その理想を追い続けるうちに、
それが“本当の自分”だと思い込んでいく。

しかしそこに無理が生じたとき、
私たちは違和感を覚えます。


「本来の自分」とのズレ

私自身も、
親との関係や周囲との関わりの中で、

「こうあらねばならない」という
自分像を作ってきました。

それを疑うことなく生きてきたあるとき、
ふと立ち止まりました。

「自分がわからない」

それは、
これまで生きてきた自分が間違っていたからではなく、

“作られた自分”と“本来の自分”にズレがあったから
なのかもしれません。


自分を見失うということ

何者かになろうとするとき、
人は新しい自分像を作ろうとします。

しかしそれは、
形を変えただけで、

依然として「自分像」を追い続けている状態
なのかもしれません。

自分のことは、自分で決められる。
そう思っていても、

実際には、
思い通りに“作れるもの”ではありませんでした。

社会の中でどうあるべきか。
周囲からどう見られるか。

それを追い続けるうちに、
本来の自分との距離は、少しずつ離れていく。

そして気づいたときには、
「自分がわからない」と感じてしまうのです。

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