漫画『ブッダ』から始まりました
私自身、「変わりたい」と願った時期がありました。
学生のために、学校を楽しい場所にするために、
飛び込んだ教員の仕事は続けることができませんでした。
自分の子供たちを応援することが私の役割だと必死になりましたが、
結果として、子供たちを傷つけてしまいました。
子供たちに私の言葉が届かなくなり、
ようやく私は自分自身に目を向けなければならないと気づいたのです。
子供が整体院に通うようになり
その待合室で、手に取ったのは、手塚治虫さんの『ブッダ』でした。
私はお釈迦様に惹かれ、その生き方に自分を変えるヒントを求めようとしました。
仏教を学んでみよう。その学びが、
私を救ってくれるかもしれない。そう思いました。
本を読むだけでは満足できず、法話を聞きに出かけました。
僧侶から直接学びたいと思い多くのお寺を訪ね歩きました。
どれほど探したでしょう。ようやく出会えた一人の青年僧
彼に教えていただいたのが「瞑想」でした。
また、身体に痛みを抱えた子供をきっかけに
身体への関心が高まっていた私は、ある出会いから「気功」も学びました。
そこで教えられたのは宇宙エネルギーでした。
気功とは自らのパワーを使うのではなく、
宇宙エネルギーの媒体となり、相手へ伝えること。
私の興味は、さらなる宇宙へと広がっていきました。
お寺で見つめ、神社で背中を押され、修道院で祈る
神社は宇宙を感じやすい場所だと教えられ、
各地の神社へも足を運ぶようになりました。
巡りながら感じたのは、お寺では仏像と向き合いながら「自分自身を見つめ」、
神社では「一歩踏み出すために背中を押されている」という感覚でした。
一人の青年僧との出会いから多くの僧侶とのご縁が生まれました。
今も定期的に伺うお寺があります。
それは宗教的なものというより、人としての「学びの場」だと感じています。
神社の神職の方と語らい、新たな視点をいただく日もあります。
時には修道院を訪れ、静かに椅子に腰を下ろすこともあります。
そこに集う人々の祈りを感じます。
マリア様の像の前で時を過ごした日もありました。
私なりの真理
私にとって宗教とは、
「宇宙の真理」を伝えようとしているものです。
私にとっての宇宙の真理とは、世界のあらゆる仕組みのこと。
そこには、なぜ人は生まれ生きるのか、死とは何なのか。
そうした根源的な問いも含まれています。
私は特定の教団には属していません。
それは、すべての宗教が同じ「宇宙」を説いていると思うからです。
伝え方や表現方法は異なっても、
どの宗教も同じ。宇宙の真理を解こうとしている。
そういう意味で、私は宗教に肯定的です。
すべての宗教が、互いの表現を認め合い、尊重し合えたらと心から願っています。