希望があるから、人は生きようとする
生きようという思いは、希望から生まれるのではないだろうか。
明日は何かが変わるかもしれない。
今は苦しくても、少しは良くなるかもしれない。
たとえわずかでも、
その可能性があるから、人は立ち上がれると思います。
希望は、気づかない形で存在している
かつての私は、何者かになりたいと思いながら、
迷い、悩み、暗闇の中を彷徨っていました。
それでも心のどこかで、
「光はあるはずだ」と思っていたのだと思います。
その時は気づけなくても、
どこかに希望を求めていた。
誰かとの出会いや、何かのきっかけを探していた。
希望とは、
はっきりと自覚できるものだけではありません。
どんなに小さくても、
「変わりたい」「抜け出したい」と思う気持ち。
それはすでに、希望です。
たとえ「希望なんてない」と感じていても、
何かを求める思いが残っているのなら、
そこにはまだ希望がある。
本当にすべてを諦めてしまったなら、
人は悩むことも、迷うこともなくなるはずです。
悩んでいる。
迷っている。
苦しい。
それは、
まだ人生に期待しているということです。
光は誰にでも差している
人は光を見つけたとき、
希望を実感します。
しかし実際には、
光は常にそこにあるのかもしれません。
ただ、厚い雲に覆われて見えなくなっているだけ。
私自身も、
過去に縛られ、前を向けずにいました。
変わりたい。
このままではいけない。
そう思いながらも、何も見えなかった私ですが、
一つの出会いによって光に気づくことができました。
そして知ったのです。
光は、誰のもとにも差しているのだと。
見えなくしているのは「自分の雲」
光を遮っているのは、
自分の中にある「雲」なのかもしれません。
私自身、光などないと決めつけ、
顔を上げようとさえしませんでいた。
思い込みや過去、恐れや不安。
それらが重なり、
光を見えなくしている。
苦しさの正体は「希望」である
迷い、悩み、もがく。
それは、
希望を捨てていないからこそ起きるものです。
苦しいという感情は、
「こんなはずではない」という思いから生まれます。
その裏側には、
「もっと良くなりたい」という願いがあります。
私たちは、
自覚していなくても希望を持っています。
今より良くなるかもしれない。
何か楽しいことがあるかもしれない。
その可能性を、
どこかで信じている。
だからこそ、
今日を生き、明日を迎えようとします。
生きるとは、希望を持ち続けること
より良くありたいと思う気持ち。
人生に対する期待。
それこそが、希望なのだと思います。
期待があるから、
日々に張りが生まれる。
期待があるから、
未来に向かおうとする。
希望は、大きなものである必要はありません。
ほんのわずかでもいい。
見えなくなっているだけでもいい。
それでも、
希望は消えていない。
生きるということは、
その小さな希望を持ち続けることなのだと思います。
もし、いま、わずかでも
「変わりたい」と思っているのなら
その感覚は、
すでに動き始めている証なのではないでしょうか。
一人ではありません。
共にその思いを大切にしてみませんか

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