自分が劣っていると感じるときは、変化のサイン|成長への勇気

周囲と比べて、ふと感じる違和感

普段、自分について疑問を感じることなく過ごしているのですが、
ふと我に返るような瞬間があるものです。

例えば、友人や同僚、上司などから、本当にやりたいことや、
本当に好きなものについて直球で尋ねられ、
真面目に聞かれた質問に、真剣に答えようとして
「あれ。私はどうしたいのだろう」と思ってしまう。

答えようとするほど、自分の本音は霧の中に消えていくようです。

周囲に流されている自分に気づいてしまう瞬間
というものもあるでしょう。

友人の集まり、仕事上の付き合いの中で、
つい愛想笑いしている自分を客観的に感じてしまうと
「私は何をしているのだろう」と思ってしまいます。

友人や同僚と自分を比べてしまったとき、
なんだか自分が取り残されているように感じる。
劣っているように感じることもあるでしょう。

成長したいというサイン

実は、そうした思いを感じてしまうのは、
劣っているからではなく、
自分が変化し始めているからではないかと思います。

本当にやりたいことと対峙した時、
考えようとする、答えようとする。

それは楽しければいいじゃないかというような、
適当な考え方ではなく、
自分と向き合った証拠ではないでしょうか。

今までは感じたことのない
「これで良いのだろうとか」という感覚は、
たとえ実感はしていなくても、
このままではいけないと思い始めたからだと思います。

人より自分が劣っていると感じるのも、
比較し、成長したいと思ったからだと思うのです。

しかし、改めて自分とは、と向き合ったとき、
自分には何もやりたいことがない
ただ人に合わせているだけの劣った人間だと
悪く考えてしまうもの。

そこで他者との比較に目が行ってしまえば、
益々自分を卑下してしまうでしょう。

本当にやりたいことは何かと質問して来た人に
相談することなど出来ず、流されていると思う。

仲間や比較対象の誰かにも相談できず
一人で自分と向き合っていくのではないでしょうか。

自分がわからないと感じるとき、
自分の世界に閉じ籠っていくと
益々迷路に迷い込んでいきます。

私自身もそうした経験はあります。
自分をどう生かすか|社会との関係性という悩み

なぜ何者かにならなければいけないのか?

私の場合、
わからなくなった自分を取り戻すきっかけは、
他者の言葉からでした。

自分がわからないから自分を見つけようとします。
私はこれがしたいのです、夢や目標を語れる自分。
他者に流されることのない確固とした自分の生き方。

人を羨むのではなく、自分の人生を歩んでいる自分。
そんな何者かになりたいと思いました。

何者でもないと思う自分をやめて
生きている実感を持った自分になろうとしたのです。

その根底にあったのは
「今の自分ではダメだ」という強い自己否定でした。
だからこそ今の自分とは違った何者かになりたい。

そんな私に「なぜ何者かにならなければいけないのか」
と問いを投げ掛けてくれる人がいました。
そのエピソードはこちらから

そのままの自分で

私は人の役に立てるような存在になれたらと望みました。

私にとっての何者かとは、人の役に立てる人でした。
しかし、今の自分さえ認められない存在が、
誰かの役に立てるはずはなく、私は見透かされます。

「なぜ、人の役に立つのに何者かにならなければならないのか」
その質問は当然でしょう。

自分を否定し、別な自分になろうと悩んでいるものが、
悩める人の役に立てるはずはないのです。

何者にもならなくていい。
その言葉は決して私を否定するための言葉ではありませんでした。

むしろ自分を否定してしまっていることに気づかせてくれました

「今のままの自分が楽しく生きることが、周囲を照らします」
その言葉は私にとって大きな気づきとなりました。

今のあなたにも出来ることはありますよ
と教えていただいた気がしました。

今のあなたにも、必ず自分を認めるという変化は起きます。
HANEはそんな場所であろうと思います
本来の自分とは?|持って生まれた自分を生きる

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