子育てが終わったあと、何をすればいい?虚無感とこれからの生き方

子育てがひと段落したとき、
ふと心に空白が生まれることがあります。

  • これから何をすればいいのかわからない
  • 時間はあるのに満たされない
  • 自分の人生が見えなくなる

その感覚は「自分の人生に戻るタイミング」が来たサインです。

子育て後に虚無感が生まれるのはなぜか

子育て中は、
・ 子ども中心の人生
になります。

  • 誰かのために生きる
  • 役割が明確

だからこそ、
・ 自分について考えなくてもよかった

子どもが巣立つと、
・ 役割がなくなる
すると、
・ 自分に意識が戻る
しかし、
・ 何をしたいのかわからない

という状態になります。

「何をすればいいかわからない」と感じる理由

それは、
必死に生きてきたから
です。

これまで、

  • 家族のため
  • 子どものため

に生きてきたからこそ、
・ 自分の軸が見えにくくなっている

大切なのは、
・ 無理に何かを見つけようとしないこと
・ 周囲の誰かと比べない事
です。

むしろ、
・一旦立ち止まってみる
自分を見失っていまわないことが大切です。

私の子育て経験から

毎日の練習、試合の送迎。
スポーツに取り組む我が子たちと過ごした20年ほどの時間は、
とても濃密なものでした。

子供たちの戦績に一喜一憂しながらも
必死に夢を追いかけました。

その日が終わりを迎えようとしたとき
これから何のために生きればよいのか、
戸惑う自分がいました。

したいことをすれば良いと言われても、
子育てに必死になってきた私は
自分が残りの人生で何がしたかなど思いつきませんでした。

誰かのために生きてきた時間のあとに訪れるもの

いつかは子離れしなければなりません。
それはわかっていましたが、まだ先のことと思っていた私は
予想より早い子供の巣立ちに戸惑っていました。

私は何をすれば良いのだろう。

といっても、
これまで続けてきた仕事や生活を
すべて変えようというような
大げさな話ではありません。

自分の情熱を
どこへ向ければいいのだろう。

夢中になれるもの。
それは趣味でも良かったのだと思います。

子育てを終え、
自由な時間が増えたのなら、
「したいことをすればいい」と
よく言われます。

けれども、
その「したいこと」が
すぐに思いつかないのです。


自分のために生きることが難しく感じる理由

何をすればいいのかと考えたのは、
子離れをしなければならないという
思いもあったからです。

これまで子どもに向けてきた思いを、
どこかへ向けなければ、
いつまでも子どものことを
気にかけ続けてしまうでしょう。

それは旅立とうとする子供にとって、
決して良いことではないと思いました。

子どもはやがて自立していきます。

親元を離れ、
自分の道を歩き始める。

その道は、
親が思い描いていたものとは
違っているかもしれません。

むしろ違っていて当然でしょう。

それを見送ることも
親の役目なのだと思いました。

子ども中心の生活から、
もう一度
自分の人生へと視線を戻す。

そんな時期が来ていたのです。

振り返ってみると、
子どもが生まれたこと、
子どもを育てることが、

私に生きる意味を
与えてくれていたのかもしれません。

家族のため。
子どものため。

「誰かのため」に生きることには、
どこか心地よさがあります。

仕事をして生活をすることも、
家族のため、子どものためと思えば、

「なぜこの仕事をしているのだろう」
「この生き方でいいのだろうか」

そんなことを
深く考えなくても良かったのです。

本来なら
自分に向けられていたはずの思考は、
家族、特に子どもへと向かっていました。

だからこそ、

「自分とは何か」
「人生とは何か」

そんな問いと
向き合わずにいられたのかもしれません。

夢中というより、
必死だったと言ったほうが
近いかもしれません。

がむしゃらに過ごしてきた
およそ20年。

その歳月は、これまでの私の人生の
人生の半分ほどの時間でもあります。


子育て後の空白を、自分の人生に戻る時間にする

40代半ばになったとき、
改めて自分と向き合おうとしました。

けれども、
どこから自分を見つめていいのかさえ
わかりませんでした。

平均寿命を考えれば、
人生の折り返しを過ぎた頃です。

仕事を続けられる期間を考えても、
人生の半ばは過ぎています。

それなのに、

自分とは何なのか。
自分は何をしたいのか。

それがよくわからない。

ここまで生きてきたにもかかわらず、
自分を見つめたとき、
わからないことばかりでした。

子育てを終えたことは、
ある意味、大きな責任を
果たしたとも言えるでしょう。

「これからは好きなように
生きればいい」

けれども、
いざその時を迎えると、

自分が何をしたいのか
わからないのです。

それどころか、
自分というものが
よくわからない。

誰かのためではない自分。

自分のために生きることは、
思っていたより
ずっと難しいものなのだと感じました。

人生を折り返したというより、

「まだ半分もあるのだろうか」

そんなふうに
思えてしまうことさえありました。

私と同じように
感じている人も
きっと少なくないと思います。

したいことは何か。

私には何ができるのか。
どんな選択肢があるのか。

その中に
自分にできそうなものはあるのか。

思考は堂々巡りを続けます。

ふと周りを見ると、
他人が輝いて見える。

それに比べて自分は、と
人と比べ始めてしまう。

結局、
一歩を踏み出せないまま
時間だけが過ぎていきます。


一人で整理できないときはどうすればいいか

これは子育てだけでは
ないのかもしれません。

何かに
真剣に向き合ってきた人ほど、

その「何か」が
終わったとき、

どうしていいかわからなくなる
ことがあるのではないでしょうか。

それまでの人生で
それが一番大切なものだったなら、

その次にしたいことを
すぐに見つけるのは
簡単なことではありません。

もし誰かに

「二番目にしたかったことは何ですか」

と聞かれても、

答えが見つからなくて
当然なのかもしれません。

私は自分探しから始まりました。
何者かになりたい。
この人生の残り時間で何かをしてみたいと思いました。

幸いなことに私には出会いがあり、
導かれるように今までやって来られました。

私にとって出会いが自分の気づきになったように、
今度は誰かの気づきに関わって行けたら。
そんな想いで愛知県稲沢市にHANEを作りました。

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