人生を変えたいと思っていました
自分では気を遣っているはずなのにわかってもらえない。
良かれと思ったことが裏目に出てしまう。
うまく生きられないと感じてしまうこともあるでしょう。
私自身、仕事でのミス・お客様とのトラブル。子育ての悩み
など予想通りにならないことが多くありました。
自分では、努力しているつもりなのにうまくいかない。
そんなとき、思うようにならない人生を嘆いてきました。
「なぜこんなことばかり起こるのか」
そう考え始めると、
日常の些細なことさえ、
試練のように感じてしまいます。
このままの人生は嫌だ。
まだ何かできるはずだ。
そう思いながら、
人生を変えるきっかけを求めていました。
誰かに救ってほしい
「あの出会いが私を変えてくれました」
そんな話を、よく耳にします。
運よく生きている人には、
素敵な出会いがあるように思います。
私にもそんな運命の出会いはないだろうか。
休日は、出会いを求めて出かけてみました。
けれど、人生を変えるような出会いは、
そう簡単には訪れません。
学生時代のように、
自然に人と出会う環境はありません。
自分から動かなければ、何も起きない。
それでも私は、どこかで思っていました。
「誰かが救ってくれるのではないか」と。
まだ気づいていない何かに気づかせてくれる人。
現状から抜け出すヒントをくれる何か。
そんなものを、探し続けていました。
ここを抜け出せば変わるのではないか。
仕事を変えたら、場所を変えたら、
何かが変わるのではないか。
そう考えたこともありました。
けれど結局、
同じ仕事を続け、同じ場所に住み、
何かを変えることは出来ませんでした。
たまたま手にした手塚治虫さんの漫画『ブッダ』を
きっかけに仏教に興味を引かれた私は
仏教にヒントが見つかるかもしれないと思いました。
新聞の仏教講座の紹介を頼りに説法を聞きにいったり
仏教講座へ出かけて見ました。
それだけでは満足できず、
お寺へ出かけ僧侶との出会いを求めました。
どこかにこの状況から抜け出すための
糸口はないかと捜し求めたのです。
「うまくいかなかった」は本当か
私は運良く一人の僧侶と出会うことが出来ました。
ありがたい学びを得ることも出来ました。
そして気づいたのは、
苦しい時間も必要だったということです。
あの時間があったからこそ、
今の自分があります。
あれほど「うまくいかない」と思っていた日々なのに。
けれど実際には、
多くの学びがそこにありました。
うまくいかなかったからこそ、
見えたもの、気づけたことがあったのです。
だからこそ私は捜し求める大切さを知りました。
学んだことは変えるのは環境ではなく自分
社会も、周囲も、何も変えられません。
私自身の物事の見え方や捉え方が変わることで、
周囲も社会もすべての見え方が変わったのです。
うまくいかなかったのか。
それとも、学びだったのか。
その意味を決めているのは、
他の誰でもなく、私自身でした。
私が抱えた苦しさは誰のせいでもなく、
私自身の問題でした。
様々な失敗も学びとなりました。
お客様からの言葉によって気づかされたことは多く、
子育てからも多くを学ばせてもらいました。
予想通りにならないのではなく、
ただ私がコントロールしたい、
思うようにしたいという欲に過ぎなかったと思います。
自分がしていた努力にも
どこか計算が含まれていたでしょう。
当時は思うようにならないと
何かのせいにしたい自分がいました。
しかし、そのすべてが私に学ばせようとしてくれていた。
一つ一つがとても意味のある出来事だったと今は思えます。
私自身が一人の僧侶との出会いをきっかけに
何に気づかされていったのか、
生きづらさから抜け出すヒントになればと思います。
こちらの記事もご覧ください
評価を得るために|自分らしさを失ってしまった私
人生の意味へ。こちらも参考になればと思います。
人生の意味とは|自分の人生の意味を見つけるために

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