役割を生きたこと|過去の全てに意味がある

思うようにならないこともある

人は社会を生きていくものだから
社会の中で何が出来るか、自分に与えられた役割を
果たさなければならないと思ってきました。

時には、学びたくなくても学ばなければならない。
思いもよらない仕事でもしなければならない。

時には、自分の役割に
押しつぶされそうになってしまうこともある。
それでも頑張って乗り越えなければならないと。

私に何が出来るのか

私が「HANE」という場所を作り、
こうした活動をしている原点には、
幼い頃の死の恐怖があります。

死は誰にでも必ず訪れる。
それなのになぜ生きるのか。

生きるという意味を知りたい。
私に何が出来るのか、
何のために生きるのか問い続けました。

私に出来ること、生きる意味を
教員という仕事に求めました。
これこそが私の役割だと真剣に取り組みました。

しかし毎年、新しく入学してくる学生さんに対して、
教育者としての役割を果たし続けていけるのか
自信をなくしていきました。

自分に何が出来るのか、
問い直し、選んだ道は父の事業の継承でした。

経営者という立場に立ち、
自分の発想で事業を拡大していけたら、
それは大きな夢だと思えました。

しかし現実は、日々の仕事をこなしていくことに追われ、
次第に自分が長男としての役割を果たすためだけに
生きているように感じてしまうのでした。

では、自分の役割とはなんだったのか。
何のために生きているのか。再びわからなくなりました。

役割を生きる意味

しかし、本来の自分へ還っていったとき、
私の考えは間違っていたと気づきました。

幼少期の死への恐怖は、
生きるという意味の問いへつながりました。

それが教員という仕事を選択させ、そこでは
多くの学生にわかりやすい授業を行う難しさを
体験させてもらいました。

また、悩みを抱える若者たちと
触れ合う機会となりました。

父の事業を継ぎ、営業の仕事をしたことで
教員と学生の関係とは違う、接客を学びました。

また、従業員との関係性、
さらに事業を維持していく大変さも学びました。

役割を果たす経験は決して無駄ではなかったと言えます。

過去はつながっていた

振り返ってみればすべてがつながっていました。
死を思い、生を問い、
その意味は社会を生きるものとして生きることだと思い、

その責任を果たそうとした教員生活も、
父の跡継ぎとしての役割も、また、
なぜと疑問を感じたことのすべてにも意味はありました。

役割を果たすためにしなければならなかった
努力のすべてが今の私になるために必要な
学びだったのだとわかります。

教員だけを続けていたら
私は気づかないままだったでしょう。
父の後を継いでわかったことも多くあります。

すべてが私の人生

私はこれまでの人生、常に正しい選択をしてきたか。
時には間違った選択もしたでしょう。

結局はやめてしまった教員という仕事を
選んだことは間違いだったのか、
親の事業を継承したのは間違いだったのか。

正解などわかりません。

ただ一つ言えるのは、すべてが私の人生だということです。

時には遠回りになる選択をしてきたでしょう。
時には間違った選択をしてしまったでしょう。
しかし、それらは捉え方によっては、
全く違った意味を持っているのです。

人生は時に役割のために生きなければならない。
しかし、役割を果たす中で感じることがあり、
見えてくるものがあります。

そのすべてが学びとなり、今があります。
そのすべてが今を生きる私に教えてくれたことがあります。
その上に私は生きていて、これからも生きていきます。

すべての意味が明らかになるのはまだ先かもしれません。
今、言えることは
生まれてから今日までのすべてがつながっていたということ。

・幼少の頃の私
・学生の頃の私
・教員の頃の私
・父の後を継いだ私
・今この活動をしている私

一見どんなつながりがあるのかわからない
別々のものに見えるすべての中に
実はとても大きなつながりがありました。
それが今の私へと導いてくれました。

では、私の人生の意味の意味とはどこにあるのか?
私が思う人生の意味についてはこちらから
人生の意味とは|自分の人生の意味を見つけるために

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