心の中のもう一人の自分
人生には意味があると気づくまでの私は、
自らの人生の邪魔をしてきてしまったように思います。
人を羨んだのは、
自分の人生を卑下していたからだと思います。
何を始めようとしても、もう一人の私が現れて
「うまくいくはずがない、やめておけ」と囁きます。
私の中に別人格の、
もう一人の自分がいるのでした。
挑戦することが怖かった
若い頃「どうせ自分なんて」という言葉をよく使っていました。
そんな考えでは、真剣に何かに取り組むなど出来ません。
何事も諦めて、
挑戦さえしない方が自分のためなのです。
真剣になったり、夢中になったりすることを恐れていたから、
恐れる思いが、もう一人の自分を作り出し、
「傷つく前にやめておけ」と
呟いたのだと思います。
諦めという防御
諦めれば失敗はなく、
失敗しなければ傷つくこともありません。
何事もやめておけとつぶやく自分がいるということは、
何事かに挑戦してみようとする自分もいたということです。
抜け出したいという思い
こんな生活ではダメだ、何か違う、ここから抜け出したい。
そう願う私がいたはずですが、
楽な生き方を選び続けました。
「面倒くさい」「関係ない」
そうやって誤魔化すのです。
人生を変えた言葉
専門学校で私は、
一人の先生の言葉に救われます。
「やめておけ」という自分から
「もう一度挑戦しよう」という自分に
従う気持ちになれました
もし、あの言葉との出会いがなければ、
私の人生はどうなっていたか、
想像するのも恐ろしいです。
人生には意味がある
今の私は、
人は意味を持って生まれて来る、
人生計画があり、人生には目的があると言い切れます。
若い頃の自分はそれを
自分の価値観やこだわりによって、
すべて否定していたように思います。
今となっては、
そんな自分を生きていたことも
すべて意味があったと思えます。
それは気づかせてもらえたからにすぎません。
自分を止めているもの
どこかへ向かおうとする自分を
止めようとしているのなら、
自分の人生の邪魔を
しているのかもしれません。
自分を自由に解き放つことで
見えてくる何かあると
私は信じています。

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