諦めてしまいそうな自分|挑戦しようとする自分

いつしか感じてしまう生きづらさ。
自分だけが取り残されているような感覚。

社会に上手く順応できていないように思え、
自分だけが切り離れてしまっているように感じる。

自分は自分。
そう思おうとしても自分らしさがわかりません。

私は何を求めているのか、自分の人生が無意味に思えて辛い。
それでも今日一日を生きなければならない。

人生にもリセットボタンがあったならやり直しができるのに。
などと思ってしまいました。

心の中のもう一人の自分

人生には意味があると気づくまでの私は、
自らの人生の邪魔をしてきてしまったように思います。

人を羨んだのは、
自分の人生を卑下していたからだと思います。

何を始めようとしても、もう一人の私が現れて
「うまくいくはずがない、やめておけ」と囁きます。

私の中に別人格の、
もう一人の自分がいるのでした。


挑戦することが怖かった

若い頃「どうせ自分なんて」という言葉をよく使っていました。
そんな考えでは、真剣に何かに取り組むなど出来ません。

何事も諦めて、
挑戦さえしない方が自分のためなのです。

真剣になったり、夢中になったりすることを恐れていたから、
恐れる思いが、もう一人の自分を作り出し、

「傷つく前にやめておけ」と
呟いたのだと思います。


諦めという防御

諦めれば失敗はなく、
失敗しなければ傷つくこともありません。

「これ以上傷つくのはやめておけ」
そうつぶやく自分がいるようでした。

何事もやめておけとつぶやく自分がいるということは、
何事かに挑戦してみようとする自分もいたのではないだろうか。


抜け出したいという思い

きっと、こんな生活ではダメだ、何か違う、ここから抜け出したい。
そう願う私がいたはずですが、楽な生き方を選び続けたのです。

「面倒くさい」「関係ない」
そうやって誤魔化すことに慣れてしまいました。
文句だけを言っていれば全てを私以外のせいにできます。


人生を変えた言葉

そんな私でしたが、専門学校で、
一人の先生の言葉に救われます。

「お前、真面目だな」ただそれだけの言葉
その先生にとっては、深い意味などなかったと思います。

なぜか、「やめておけ」という自分ではなく
「もう一度挑戦しよう」という自分に
従う気持ちになれました。

もし、あの言葉との出会いがなければ、
私の人生はどうなっていたか、
想像するのも恐ろしいです。

・ただふざけているだけでなく、
 もう一度真剣に何かに向き合ってみたらどうだ。
・諦めずに何かに挑戦してみたらどうだ。
・傷つく前にやめておくなどと、恐れているよりも、
 もう一度、自分の人生と向き合ってみたらどうだ。

そんな言葉に聞こえました。


私の内なる声

何をすれば良いかなど明確には思いつきません。
それでも、「もう一度、真面目に生きていいのだ」と
ホッと、安心したのだと思います。

私の中にあった忘れていた思いが、
認められたように感じ、湧き上がってきました。

人は些細な言葉から自分を邪魔している考え方に
気づくことができる。
自分の中にあった自分らしさに気づくことができる。

そして、自分をもう一度、認めることができると思います。

振り返ってみたなら、ありがたい出来事がある。
過去のトラウマについて|ヴィクトール・フランクルの言葉から

人生が上手くいかないと感じていた日々が教えてくれたこと

私に起きたことが、何かしら自分に秘められたものに
気づく時間になれたならと思います。

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